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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)6855号 判決

原告

近藤マス

ほか一名

被告

有限会社新井商会

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告近藤マスに対し金八四九万九、〇六一円及び内金七九四万九、〇六一円に対する昭和五六年一〇月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは各自原告近藤昌司に対し金六五〇万九、〇六一円及び内金六〇五万九、〇六一円に対する昭和五六年一〇月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決の第一、第二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告近藤マス(以下「原告マス」という。)に対し、金一、五九〇万八、三九六円及び内金一、四四九万八、三九六円に対する昭和五六年一〇月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは各自原告近藤昌司(以下「原告昌司」という。)に対し、金一、二一七万九、六四八円及び内金一、一一〇万九、六四八円に対する昭和五六年一〇月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに1、2につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

被告鈴木は、昭和五六年一〇月一七日午後五時ころ、原動機付自転車(松戸市あ三一二七号。以下「加害車」という。)を運転し、東京都荒川区町屋六丁目二番六号先道路を進行中、前方道路の右側から左側に横断を始めかけた訴外近藤勇(以下「亡勇」という。)に自車を衝突させ、同月一八日午後七時五六分、後頭部打撲による頭蓋底骨折、脳挫傷により同人を死亡させるに至らせた。

2  責任原因

(一) 被告会社は、原動機付自転車の販売、修理等を行なう会社であり、訴外大貫佐市より加害車の修理を依頼されこれを預かつていたところ、被用者である被告鈴木が被告会社のために加害車に試乗中、本件事故を起こしたのであるから、自己のために加害車を運行の用に供していた者として自賠法三条の責任がある。

(二) 被告鈴木は、加害車のダイナモカバーをはずしたまま時速約三〇キロメートルで試乗中、ズボンのすそがダイナモに巻き込まれないよう気を奪われ、下方を見ながら運転したため、亡勇の発見が遅れ、ブレーキをかける間もなく衝突したものであり、前方注視義務を怠つた過失があるから、民法七〇九条の責任がある。

3  損害

(一) 葬儀費用

原告昌司は、亡勇と原告マス間の子であり、昭和五六年一〇月二〇日亡勇の葬儀を執り行ない、その費用として合計一六一万一、二五二円を支出した。

(二) 逸失利益

亡勇は、事故当時満八二歳(明治三二年四月一日生)で、妻の原告マスと二人で暮していたが、生前は六〇年来洗罐業を営み、これによる死亡前一年間の売上高は金七二〇万二、三一〇円、純利益は金四七二万〇、五七八円であつた。亡勇の就労可能年数を三年、年収を金四七二万円、生活費割合を三〇パーセントとして、ライプニツツ方式により中間利息を控除して算定すると、亡勇の逸失利益は金八九九万六七九二円となる。

原告らは、右逸失利益を各二分の一(金四四九万八、三九六円)ずつ相続した。

(三) 慰謝料

原告らの悲しみは筆舌に尽くしがたく、その精神的苦痛に対する慰謝料としては、原告マスに対し金一、〇〇〇万円、原告昌司に対し金五〇〇万円を相当とする。

(四) 弁護士費用

原告らは、原告ら訴訟代理人に委任して本訴を提起することを余儀なくされ、弁護士費用として、原告マスが金一四一万円、原告昌司が金一〇七万円を支払うことを約した。

4  よつて、被告ら各自に対し、原告マスは、損害金一、五九〇万八、三九六円及び弁護士費用を除く内金一、四四九万八、三九六円に対する亡勇の死亡した日である昭和五六年一〇月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告昌司は、損害金一、二一七万九、六四八円及び弁護士費用を除く内金一、一一〇万九、六四八円に対する葬儀費用の支払を完了した日の翌日である昭和五六年一〇月二二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)、(二)の事実は認める。

3  同3の損害の主張については争う。

ことに、亡勇の八二歳という年齢からすると、洗罐業による主張の金額は過大であり、亡勇と原告らが家族一体として営んでいた収益を亡勇の所得にしているものと推測せざるを得ない。仮に主張の収入を亡勇の所得として計上するのであれば、原告らの寄与率を当然考慮に入れて、亡勇の寄与部分を決めるべきである。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故現場から三〇メートル位の地点に横断歩道が設置されており、亡勇としては、右横断歩道外を横断するにあたつては、細心の注意が必要であつたにもかかわらず、左方を何ら注意することなく加害車の直前を横断しようとしたのであつて、亡勇にも過失があるから、二割程度の過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

過失相殺の主張については争う。

本件事故現場の道路は幅員六・七メートルの一方通行の裏通りであり、歩行者は自由に左右横断し、また子供らも遊んでいるいわゆる生活道路であつた。亡勇の横断といつても、路側帯の白線から一メートル一寸中に入つただけであり、本件事故は、前方注視を怠つた被告鈴木の無暴な盲運転によつて、一方的に惹起されたものであり、亡勇がこれを避けるすべはなかつた。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)、2(責任原因)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第二、第三、第五、第六、第一〇号証、被告鈴木本人尋問の結果によれば、本件事故現場は幅員約六・七メートルの歩車道の区別がない道路で、左右両側に約一・三メートルの各路側帯が設けられており、路面は平たんでアスフアルト舗装され、交通規制は被告鈴木の進行方向の一方通行、最高速度は時速三〇キロメートルと指定されていたこと、右道路の両側には一般住宅や町工場が立ち並び、いわゆる下町の裏通りの生活道路というべき状況であつたこと、事故現場の南方(加害車が進行してきた方向)の交差点には横断歩道が設けられていたが、事故現場からは三十数メートル離れていたこと、被告鈴木は、前方の見通しを妨げる障害物がないのに、亡勇に約二・五メートルに接近するまで気付かず、発見してからハンドルをやや左に切つたものの、ブレーキをかける間もなく亡勇に衝突したこと、衝突地点は道路右側から二・六メートル(路側帯の白線から約一・三メートル)中央寄りであつたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実に、前記争いのない請求原因2(二)の事実を総合すると、本件事故の大半の原因は被告鈴木の過失にあるということができるが、他方、亡勇にも道路を横断するに際し左方に対する注意を全く払わなかつた点に落度があるといわざるを得ないのであり、本件においては、亡勇の年齢も考慮し、後記損害額を算定するにあたり一〇パーセントの過失相殺をするのを相当と認める。

三  損害について判断する。

1  葬儀費用

原告昌司本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第二三号証の一ないし九、第二四号証の一、二、第二五、第二六号証の各一ないし三、第二七ないし第二九号証、第三〇号証の一ないし五、原告昌司本人尋問の結果によれば、亡勇の子である原告昌司は、亡勇の葬儀を執り行ない、葬儀関係費用として相当額の出費をしていることが認められるところ、亡勇の年齢、職業、社会的地位、その他諸般の事情を考慮し、右出費のうち金九〇万円をもつて本件事故を相当因果関係ある原告昌司の損害と認める。

2  逸失利益

成立に争いのない甲第三八号証、原告昌司本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第一三ないし第二〇号証、第三二、第三三号証の各一ないし一一、第三四号証の一ないし四、第三五号証の一、二、第三九号証の一、二、第四〇号証、第四一号証の一ないし一五、第四二号証の一ないし七、第四三ないし第四五号証の各一、二、第四六号証の一ないし一二、原告昌司本人尋問の結果によれば、亡勇は、事故当時八二歳(明治三二年四月一日生)で、妻の原告マスと二人で暮していたが、生前はおおよそ六〇年来洗罐業を営んでいたこと、亡勇は、原告マスや原告昌司の手助けを受けながら、税務申告はしていないものの、本件事故前の一年間に、訴外株式会社箕輪油脂工業所、同合資会社徳岡商会、同株式会社斉藤商店ほかに対し、洗滌した罐(いわゆる石油罐)を売却して合計金七一八万六、一九〇円相当の売上げをあげており、使用ずみ罐の仕入原価を除いて金四六九万二、四八〇円程度の利益があつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

原告らは、売上金額から仕入原価を除いた利益をすべて亡勇の所得として主張するが、そこから必要経費や原告マス、同昌司の寄与率は当然控除すべきであるから、本件においては、諸般の事情を考慮し、亡勇の所得は、前記金四六九万二、四八〇円に対する寄与部分七〇パーセント(三〇パーセントは必要経費や原告らの寄与に基づくとみるべきである。)の金三二八万四、七三六円と推認するのを相当とし、右推認を妨げる証拠はない。

昭和五六年簡易生命表によれば、、八二歳男子の平均余命は五・五年であるから、就労可能年数を二年間とし、生活費割合を四〇パーセント、ライプニツツ方式により中間利息を控除(係数一・八五九四)して、亡勇の逸失利益を算定すると、金三六六万四、五八二円となる。

原告らは、亡勇の相続人として、右逸失利益の各二分の一である金一八三万二、二九一円宛を相続した。

3  慰謝料

本件事故の態様、亡勇の職業、年齢、原告らとの身分関係及び生活状況、その他一切の事情を斟酌すると、原告マスの慰謝料としては金七〇〇万円、原告昌司の慰謝料としては金四〇〇万円をもつて相当と認める。

4  過失相殺

原告マスの前記損害額は金八八三万二、二九一円、原告昌司の前記損害額は金六七三万二、二九一円になるところ、本件においては、前説示のとおり、一〇パーセントの過失相殺を相当とするから、右各損害額からこれを控除すると、原告マスの残額は金七九四万九、〇六一円、原告昌司の残額は金六〇五万九、〇六一円となる。

5  弁護士費用

原告らが前記損害金の任意の支払を受けられないため、原告ら訴訴訟代理人弁護士に本訴の提起、遂行を委任することを余儀なくされたことは、弁論の全趣旨により明らかであるところ、本訴請求の難易、前記認容額、訴訟の経緯、その他諸般の事情を斟酌すると、被告らに賠償を求め得る本件事故と相当因果関係ある弁護士費用としては、原告マスについて金五五万円、原告昌司について金四五万円を相当と認める。

四  以上のとおりであるから、被告らは各自、原告マスに対し、損害金八四九万九、〇六一円及び弁護士費用を除く内金七九四万九〇六一円に対する亡勇の死亡した日である昭和五六年一〇月一八日から、原告昌司に対し、損害金六五〇万九、〇六一円及び弁護士費用を除く内金六〇五万九、〇六一円に対する葬儀費用の支払を完了した日の翌日とされる同月二二日から、それぞれ支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を免れない。

よつて、原告らの被告らに対する本訴請求は右の各支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田聿弘)

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